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2009年3月

あたりまえになる日

私は障害者を主人公にしたドラマが、はっきり言って好きではありません。

今夜、放送されている「DOOR.TO.DOOR」脳性まひのトップセールスマンの物語だそうです。

だけど、予告を見た限り、二宮君の言葉は聞き取れます。私だって言語障害のある脳性まひ者ですが、私だって仕事はしています。

障害者が働くことがあたりまえになる日を、私も願っています。だから、そういうドラマが放送されることを喜ぶべきなのだと思いますが、逆に考えれば、まだまだ障害者が働くという意義が、感動ドラマになるくらいにしか認識されていないということです。

残念なことです。

障害があっても、一般企業や行政機関で普通に働いている人たちはいるのですよ。きちんと評価されているかどうかは、微妙ですが。

私は、時々、イタズラをします。

役所の介護保険課に仕事で行く時、始めからケアマネージャーだと名乗らないと、すご~く横柄な態度で、応対してくれる職員がいるのです。ケアマネだというと「しまった」という顔で突然丁寧な態度に変わります。

職業や、見た目で人を差別することのない社会が早く来るように願ってやみません。

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ゆかりの家

「流転の王妃、最後の皇弟」というドラマのDVDを天海祐希さんを見たい一心でレンタルしました。

天海さんは、李香蘭役で、ワンシーンしか出て来なかったけれど、チャイナドレスで、歌を歌っていました。美しかったです。

主演は、竹野内豊さんと常盤貴子さんでした。

遠い世界の、過ぎ去りし、時代の物語だと思ってみていたら、見覚えのある建物が映っていました。

千葉市稲毛区にある「ゆかりの家」という、文化財でした。あいしんかくら家。字が変換できないので、自信がないので、ひらがなですいません。が、日本で新婚時代を過ごした家でした。

平日は一般公開されていて、中を見学することができます。

「へぇ、ここで撮影されたのか」と、考えながら、その家の前で耳を澄ますと、中から竹野内さんや、常盤さんや、木村佳乃さんの声が聞こえてきそうな、懐かしさを感じました。

戦争は、それほど昔のことではないのですね。

天海祐希さんが、出演していなければ、見ることもなく、何度も前を通りながら興味を持つこともなかった第二次世界大戦の記録としての「ゆかりの家」を思うと、役者さんというのは、素晴らしい仕事だと、感じています。

ある人に興味を持つことで世界が広がる。素晴らしいです。

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やっぱり書きたい

天海祐希さんのこと。

今日、TVガイドでBOSSの記事をみたよ。白のスーツの天海さんがカッコよかった。

ご心配おかけしましたが『東京カレンダー』購入しました。竹野内豊さんと写っていました。お二人はメル友だそうですね。

ほほえましかったです。

天海さんは、あまみって読むけど、私にも天海さんという友人がいるのを思い出しました。読み方が違うので、全然、気がつきませんでしたが、同じ字の名前の友人がいて、ちょっと幸せ。

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歩いてるよ

前にも書いたと思うけど、家の猫は野獣だ。

あたしはこの猫に咬まれて、敗血症になったんだよ。死ぬかと思った。もう6年も経つけど本当に痛かった。

咬まれた時には、ただの咬み傷だから、洗っとけば大丈夫。大丈夫。と思って寝てしまったんだけど、朝起きたら、足が象の足のように膨らんで、痛くて足をつくこともできなかった。

熱いと思ったら、熱が出ちゃった。

急いで妹に、病院へ連れて行ってもらったんだけど、ドクターに「猫って飼い猫」と聞かれてしまった。もちろん飼い猫。あたしが毎日餌をあげている。

ペットショップから、猫を連れてきたの妹なのに。だから、猫の餌なんか本当はやりたくない。と、あたしは秘かに思っていたんだよね。だけど、家の妹はかなりわがままで、言うことを聞かない。

「猫を飼ったら、絶対猫の世話はあたしだ。絶対飼わせてはいけない。店に返せ」と反対したけど、だめだった。

猫に、あたしの気持ちが通じちゃったのかもしれない。

足を診察してくれた医師が「毎日診察に来られますか」と聞くので「えっ」という顔をしたら「無理ですね。入院してください」と言われてしまった。

病室に入る前に職場に電話したら、職場のナースに「敗血症になってないでしょうね」と言われたのでドクターに「敗血症になってないですよね」と訊ねたら「なってるねぇ」と答えが返ってきた。どうりで熱いはずだ「熱があるんだ。あたし」そのあとは記憶が飛んでいる。

次の日、あたしの足には細いメスが刺された。化膿した足を切開したのだ。傷跡にガーゼドレーンを詰め込んだ。これに化膿した膿がしみこんだら取り出すのさ。これがまた痛い。想像を絶するほど痛い。足はまだ象の足のままで、仕事には当分行けそうになかった。

だけど、あたしはその頃もケアマネだったので、意地でも利用者宅を訪問しないと、職場に迷惑をかけちゃう。

無理やり1週間で退院して、歩いた。ひたすら歩いた。利用者さんたちに「飼い猫に咬まれたんだって」と声をかけられて、力ない笑みを返した。

「だ、大丈夫です。何かあったら遠慮なく連絡してください」なんて言いながら「お願い問題が起きませんように」と心の中でささやいた。

歩きたくない。痛くて歩けない。

でも、歩くしかないのよ。車の免許はないんだもん。自転車にも乗れないんだもの。

あれからどのくらい歩いたかな?

猫の餌は相変わらず、毎日食べさせている。猫も学習したらしく、あたしの足は咬まなくなった。

妹の腕を咬んでいる。

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ベルばらが

燃えてしまった。

実家のわたしの部屋には、昔の漫画本が古本屋を開けるほど保存してあったのですよ。宝塚歌劇のプログラムや公演のLPレコードなんかもあったのですよ。

わたしの部屋には、似つかわしくないほど立派な書棚を、就職して初めてのボーナスで買ったのです。

大切な、本や雑誌を2度と失いたくなかったので。

昭和45年以降のコミックスの名作が、かなり残っていました。「ベルばら」は、初版が1セットとあとから読む用に買ったのと、ハードカバーの愛蔵版。

今では、絶版になっている西谷祥子作品はほとんどありました。

私は、祖父の建ててくれた部屋が大好きでした。だから、実家を出て引っ越す時も、部屋はそのままにしてきました。

わたしの部屋は2階にありました。中学生の時に水害に遭って、子どもの頃住んでいた家が壊れかけて、そのまま住んでいては危険だと言われて、3年生の秋に物置小屋を改造した仮説住宅住まいになってしまいました。

受験生の私は、とても勉強する環境ではありませんでした。私の家は大家族だったので、曾祖母と両親は壊れなかった離れに住み、妹と弟は押入れで、寝ていました。6畳一間に5人、祖父母と私は、物置。お風呂もトイレも外で寒くて、受験生の住む家ではありませんでした。

私は祖父に、家を建てるなら2階建てにして欲しいとねだりました。水が押し寄せて来ても非難できるように。

祖父は2階建ての家を建ててくれました。私はその部屋に、宝物を保管する立派な書棚を入れました。大きな書棚は、実家を出るときに部屋から出すことができなくて、私たちのいなくなった2階の部屋の主になりました。

中の物を、持ち出すのも忍びなくて、思い出と一緒に全部置いてきました。

本当は、次に帰った時に、妹が昔見に行って購入してきた「ミー・アンド・マイガール」の87年8月東京公演のプログラムを探して来るつもりでした。まだ研1の天海祐希さんの小さな白黒の写真が載っていたのを思い出したので、実家に帰って見るのを楽しみにしていたのに、皆燃えてしまいました。

水より火のほうが恐ろしかったのですね。

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にんげんて

強いかも。

昨日、甥が亡くなったと書いていいものか、どうか悩みました。そんなこと書いたら、読んだ方が心配するんじゃないかと、考えてしまいました。

だけど、そのことを乗り越えないと、本心が書けないと思いました。

今日、「ヴォイス」を見て、甥の最後の言葉が本当に「眠たい、お休み」だったのだと考えることができました。眠ったままで亡くなった、と報告を受けた。と弟が言いました。

その言葉は、残された家族にとって救いです。

今日、仕事に戻りました、4月から介護保険法が変わります。今月は、利用者さんにそのことを説明しなければなりません。

しっかりしなければ、利用者さんを不安な気持ちにさせるわけにはいきません。

利用者さんの前では、きちんと話さなければ。介護保険について説明するのは私の仕事だから。

人間て強いかも?。

だって、私、仕事の帰りに「東京カレンダー」探しに本屋に行ったもの。だけど見つからなかったのです。

千葉県には、売っていないのでしょうか?まさか?

真矢みきさんが、表紙に載っている雑誌は2冊見つけたのに、天海祐希さんが見つからないのです。

明日も仕事帰りに探してみます。ピンクの表紙。

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つらいです

私、岸香織さんの文章好きでした。

30数年前に「歌劇」に連載されていた「聞いて頂戴こんな話」楽しくて、毎月楽しみにしていました。5年ほど読んでいたと思います。

先日、20数年ぶりに宝塚歌劇を見に行きました。楽しい時間を過ごすことができました。

岸香織さんの著書も購入しましたが、買わなければよかった。と感じてしまいました。

岸さんは、天海祐希さんのことを「あまりよく思っていなかった」と感じてしまいました。文章は楽しいのですが、悪意が感じられる、言葉が出てくるのです。

不快なので、書きませんが、読んでいてつらくなりました。

夢の国も、舞台裏は厳しい世界なのですね。

天海さんは、大部屋のトップスターだったのですね。退団するまで。

世の中には、つらいことが多いのですね。

我が家にもつらいことがありました。実家が火事で、子どもの頃の思い出は全て消えてしまいました。大切に保管していた「ベルサイユのばら」グッズも、宝塚のプログラムも、何一つ残っていません。

もっともつらいのは、大事な大切な宝物だった甥が、家とともに永遠の眠りに就いてしまったことです。

悲しくて、日記を書くことができなくて、この前の日記は、書いては消して、泣きました。

今も、キーボードが涙でにじんで、見えません。

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ご無沙汰しちゃいました

昨日、NHKの「スタジオパークからこんにちは」を見ていたら、姿月あさとさんが出ていました。

1月に放送されたもののようでした。ずんこさん素敵でした。ほんわかあったかくなる方でした。

天海祐希さんも見たくなったので「ベルサイユのばら」を観ました。そして発見しました。そのビデオが、収録された日は、天海さんがアンドレを演じて3日目に収録されたということを知りました。

研5になったばかりで、ジェローデルからアンドレに替わったばかりのときに録画されたものだと知ることができて、DVDを購入してよかったと想いました。

アンドレは素敵でしたよ。天海さん。

もちろん。涼風真世さんのオスカルも他のオスカルとは一味違って、自立していて素敵でした。オスカルがひとりで行動するので、アンドレが頼りなく感じたのだと、DVDを見て考えました。

ひとりで行動するオスカル。私は好きです。一緒に行動させてもらえなくて、すねているアンドレが可愛かったです。何度も見たいです。

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トップスター

にね、なりたかったタカラジェンヌだけじゃないんじゃないのかな。と、私は考えているんです。

昨日、久しぶりに宝塚歌劇を観ました。

そこで、岸香織さんの書かれた本を見つけたので、嬉しくて買ってしまいました。

まだ、読み始めたばかりだけれど、姿月あさとさんが、退団するときのことが書いてあって姿月さんが「自分はトップになりたいとも、なれるとも思っていなかった」と言っていた。と書いてありました。

「トップになりたいと思わない生徒がいるなんて」と岸さんが言ったら「そういう人もいるんです」と言ったそうです。

私は、きっとそういう人はいると思うんですよ。

天海祐希さんも、そういう人だったんじゃないのかな?と考えてしまいます。

女優さんになられてからも、主役になりたいと思って頑張ったのではなくて、与えられた役をただ、一生懸命、丁寧に演じて来られたのだと、私は感じています。

私は「利家とまつ」のはる役と、ちょっとドラマのタイトルを忘れたのですが高須久子役がとても好きです。主役ではないけれど、けなげで、気高い人だと思いました。

もちろん、他の役も素敵です。一生懸命さが伝わってきます。離婚弁護士のⅠとⅡの間にラストプレゼントの明日香さんを演じていらっしゃる。明日香さんを演じるために間宮貴子を演じながら、体重を落とすのは、大変だったでしょうに、元々スリムなのに、きちんと役作りをなさってきたのですね。

天海さんと姿月さん。お二人のようなトップスターさんがいらしたことが分かって、私は、嬉しいです。誰もが、トップを目指すのではないということは、私には救いです。

誰かと競うことばかり考えている、現在の社会に私は、疑問を感じているのです。

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緊張しました

もう、30年近くぶりに、生宝塚を観ました。

最後に見たのは大劇場での「オルフェウスの窓」でした。今日見たのは「太王四神記」でした。最初に見たのは「ベルサイユのばら」なので、出戻りデビューも漫画は池田理代子先生でした。

外伝ベルばらは去年見ましたが、東京宝塚劇場は今日、再デビューでした。

新しくなった東京宝塚劇場で『さよなら皆様」を聞いて、懐かしくて、思わず口ずさんでしまいました。ちゃんと覚えてましたよ。

ショップで天海祐希さんのDVDを見つけました。手にして振るえました。この間、通販で購入したのですが、宝塚のショップで見ると、感動します。

また行こうと思います。

欲しいものが目白押しです。次の公演も見たいです。

「友の会」に入った方がいいでしょうか?

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寒いけど春ですね

昨日、パソコンを開いたら、インターネットの画面に小湊鉄道が出ていて、月に何回かは乗っていて、おなじみの鉄道なのに、なんだか、懐かしくて、涙が出そうだった。

小湊鉄道に乗っていた頃は幸せで、将来に不安は感じていても、家に帰れば、おじいさんとおばあさんが「おかえり」って迎えてくれて。

母さんは仕事人間で、あんまり家にいなかった。

母さんは、人と話すのが苦手だと言って、授業参観とか来てくれなかったので、父さんが来るからPTAの役員になっちゃって、よく学校に来るから、あんまり授業もサボれなかった。(さぼったけどね)

母さんに言うと「父さんはお婿さんだから、外に出て、近所の人と交流した方がいいだ」と言って来てくれなかった。

父さんは、子どもの目から見てもハンサムだった。母さんは父さんにひと目惚れしたと、子どもの前で、ぬけぬけとのろけていた。

おじいさんとおばあさんは「そらおんねったな。だけどお母さんは、わがままだから、自分の言い分はまげねぇよ」と方言丸出しで慰めてくれた。

父さんは、よく仕事帰りに果物をお土産に買ってきてくれた。母さんは、ちゃぶ台やコタツの上に包丁とお皿を置いた。父さんが、林檎や、梨や、柿をむいてくれた。

私たちは、父さんのむいてくれた果物を、ほとんど毎日食べていた。

仕事で帰りが遅くなると、おじいさんが駅まで車で迎えに来てくれて、おばあさんが夜食を作ってくれて、父さんのむいた果物が茶箪笥に入っていた。

小湊鉄道に乗ると、そんな昔に戻れるような気がして、家の玄関を開けたら、おじいさんとおばあさんが「お帰り」って言ってくれるんじゃないかと期待してしまう。

おじいさんもおばあさんも、父さんももういない。

きっと母さんが一番寂しい想いをしているだろう。

「母さん、週末には帰るからね。待っててね」

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好きなシーン

今日は、というより今日もかな。仕事がなかったので、アラフォーの再放送を見た。

今日は10話で、聡子さんが岡村さんの肩にもたれて、寝てしまう場面がある。私はあのシーンを見ると、オスカルがアンドレの肩にもたれた寝てしまう場面を思い出す。

最初に見たときに、聡子さんがオスカルに見えてしまった。髪形のせいなのか、顔の角度のせいなのか、何度見てもオスカルに見える。大好きだ。天海祐希さんのオスカルを見てみたい。無理だと思うとなおさら見てみたい。

アラフォーを見ていると、何気ない台詞で泣いてしまうことがある。今日は加賀まり子さんの「外科の病棟に勤務していたから、死と向かい合って生きてきたの」ちょっと違うかもしれないけど、そこで思わず、涙がジワッと来ちゃいました。

私は病院勤務じゃないから、そんなに多くは、出会わないけれど、それでも、普通に生活している人たちよりは、出会う機会が多い。だから、身につまされる。

聡子さんの、理想は、私にとっても理想だ。

病人を看護している人や、家族を介護している人たちにとっても、心のケアが重要な鍵だと思う。人はありのままの自分を受け入れてくれる人を必要としている。

本当にそうだと思う。聡子さんのすごいところは、他人の意見を素直に受け入れる柔軟な心と自分の信じたことは曲げない強い意志だと思う。

そんなところが、オスカルに似ているのかな。

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二人でお茶を

という、ミュージカルをかなり前に観ました。

1995年だったと思います。内海光司さんと裕木奈江さんが主演でした。妹が光GENJI関係のお芝居はチケットをとってくれたので、見に行きました。

博品館でした。そこで,高汐巴さんと、春風ひとみさんを見ました。懐かしい宝塚の方たちに、お会いすることができて、幸せな舞台でした。

内海君は、高汐さんと春風さんに、いじられるキャラで、お二人は楽しそうにいじってました。見ていて楽しくて、久しぶりに観たミュージカルだったので、本当に楽しくて、いつか再演されないかな。と待っていたのですが、内海君は、それ以降、ミュージカルには出演していません。

確かに、歌は上手ではないと思います。でもダンスは上手だったと記憶しています。

宝塚のお二人と楽しそうに踊っていました。

昨日、天海祐希さんが、まだ宝塚にいらした頃に「笑っていいとも」に出られた時に内海君からお花が届いていたような気がする。と書いたら「届いていましたよ」とコメントをいただきました。ありがとうございました。

それで、天海さん1967年8月8日生まれ。内海君1968年1月11日生まれ。お二人って同学年なんだなぁ。って思いました。共通点多いですよね。下町育ちだし、お母さんは美容師だし。

天海さんが、宝塚で活躍されていた頃、光GENJIは輝くアイドルスターでした。光GENJIが解散したのも1995年で、天海さんが、宝塚から新しい世界に船出された頃と同時期なのですね。

天海さんの活躍を目にする度に、光GENJI君たちは、どこでなにをしているのだろう?と考えてしまいます。

もう一度7人そろって歌って踊る姿を見たいです。

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気になる

昔、妹に光GENJIのコンサートに連れて行ってもらったことがあります。その時まで彼らのことは知りませんでした。

もちろん、そういうアイドルグループがあることは知っていましたが、その頃の私には、遊んでいる余裕などなかったので、どの子が誰なのか全くわかりませんでした。

コンサートを見たときの、衝撃は、ベルばらを宝塚で見たときのようでした。

その日から、一年ぐらいで光GENNJIは、解散してしまいました。その後はあまりメンバーをテレビで見ることはなくなりました。

佐藤アツヒロ君を久しぶりに舞台で見ました。

「愛と青春の宝塚」まさか、宝塚を舞台にしたお芝居に、アッ君が出るなんて不思議な気分でした。

それで、なんとなく思い出したのですが、天海祐希さんが光GENJIが解散するその頃に「笑っていいとも」のテレホンショッキングに出演されたのですが、その時に、内海光司さんから、お花が届いていたような気がするのです。

わたしの妄想なのでしょうか?気になって仕方がありません。

まさか、そんなはずないですよね。何で、そんなことを思ってしまったのでしょう。不思議です。

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もどかしい

今の社会は、どこかおかしいと私は感じている。

なぜ、弱い立場の人にしわ寄せが行くのだろう。政治家はなにを考えているのだろう。政治家の方たちは、経済の仕組みが分かっているのだろうか。

まるで、フランス革命前夜のように私は感じている。ここにオスカルがいたら「政治家はなにを考えているのだ。定額給付金など焼け石に水だ」と嘆いていることだろう。

なぜ、国会議員も大企業も、国民と痛みを分かち合おうとしないのだろう。

今の行政はずるいと私は思う。

私はケアマネージャーという仕事をしているが、高齢者の方たちは、とても我慢しているし、ご家族も、介護に疲れている。

今、介護を必要としている多くの方たちは、日本の戦後の復興に全力で働いてくださった世代で、この方たちがいなければ、現在の日本の繁栄はあり得ないのに、本当なら、尊敬され国が生活の安定を保障すべき人々だと私は考えている。

それなのに、お金がなければ満足な介護も受けることができない。重篤な病気でも、入院の期間が決められ、在宅で看護や介護を受けなければならない。

医療と福祉の連携などという言葉を軽々しく使うけれど、ケアマネの知識などその中のほんの一部分でしかなく、知識がなければ、対話することも難しい。

知識を得ようとすると、研修にお金がかかる。

私たちは、本来行政がすべき仕事を代行しているのに、更新にもお金がかかる。納得できない。更新の研修は必要な事項だから、国の責任で、無償で行なうべきだと私は考える。(私は、研修費を払って更新したけれど、納得はしていない)

今の時代にこそ「オスカルのように、民の気持ちになって国の行方を考えられるヒロイン」が必要だと感じている。

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アラフォー再放送

今日、仕事がお休みだったので、1話から8話までまとめて見ました。見ていて「あれっ」と何度か思っているうちに、「あっ、そうか。再放送用に編集されているから、本放送の時には、あったシーンが抜けてるんだ」そうかぁ、再放送ってそのまま放送するんじゃないんだ。初めて知りました。

普段、ドラマの再放送を見ていても、気がつかないのに「アラフォー」はDVDを何度も見たので、気がつきました。

とっても残念だったのは、同窓会の前のシーンで、松下由樹さん扮する瑞恵さんが、ロイヤルミルクティーを頼んで、大塚寧々さん扮する奈央さんが「どうして主婦ってこういう時ロイヤルミルクティーを注文するのかしら」ってあきれた顔で言って、天海祐希さん扮する聡子さんが「では、わたくしもロイヤルミルクティーで」というシーンがなかったのですよ。

私は、あそこのシーンが大好きなんです。聡子さんのさりげない優しさが出ていて、好きなんです。普通の主婦と独身女性の特徴がよく出ていると思いました。

「アラフォー」の良いところは、見ている人間が共感できるところだと思います。作り物っぽくなくて、見入ってしまいます。

特に、今の私には、聡子さんの一言一言が宝石のように思えます。

心の傷が癒えていない妹が、聡子さんと奈央さんと瑞恵さんの会話を聞いて、笑ってくれるので、嬉しいです。

TBSさん、再放送してくださって本当に感謝です。

朝、起こしても起きられない妹が「アラフォー」を録画するために、私が仕事に出かける前に起きてくれます。

本当にいいドラマです。続編が見たいです。

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妹も、大好き

去年、放送されていた時には、私は最初ひとりで「アラフォー」を見ていた。妹は天海祐希さんに興味がなさそうだったので、一人で見ていた。

昨年のお正月に、私がひとりで1991年に上演された宝塚の「ベルサイユのばら、オスカル編」をひとりで見ていた時も全然興味を示さなかった。

ひとりで夜中に見ていて、何で天海さんのファンにならなかったんだろう?。深く後悔して3日続けて見た。泣きたくなってしまった。生で見たかった。天海さんの魅力に気づけなかった自分が、歯がゆくて、悔しかった。

そのあとで、見たドラマが「アラフォー」だった。

なんて素敵な女優さんに成長されたのだろう。嬉しくて胸が震えるっていうか、何時間でも見つめていたいと感じた。

それでDVDがでているものは借りて、見られるものは見ようと思い見ていたら、妹が「天海祐希さんて面白いね。綺麗だし」なんて言い出した。

「ラストプレゼント」のDVD欲しいなぁ。と考えていたら妹が買ってくれた。「アラフォー」も放送されていた時には無視していたのに、DVDが発売されるという情報を得たら予約していた。

「興味なかったんじゃないの」と聞いたら、宝塚時代「生意気な子にみえちゃったから、興味なかったんだけど、改めて見てみると、まっすぐで凛としているのに、可愛い。すごい女優さんだな。と思ったんだよ」としみじみ語っていた。

今回「アラフォー」の再放送を録画してくれている.

4月からのドラマを姉妹で楽しみに待っている。

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アマルフィ 女神の報酬

タイトルが変わったのですね。昨日、本屋さんで、映画雑誌を立ち読みしていたら「アマルフィ 女神の報酬」の記事が出ていました。

久しぶりに天海祐希さんを、誌面で見ました。映画のシーンの真剣な表情と、アマルフィ海岸での、ほんわかした雰囲気の織田裕二さんとのツーショット。

お二人とも、コミカルで明るいキャラクターからシリアスな役まで演じられて、素晴らしいですね。公開されるのが、今から待ち遠しいです。

映画が公開される前に4月からのドラマ「BOSS」天海さんらしい刑事像を見せてくださることでしょう。

早くテレビに出てくださらないかしら。

いつもなら、月初はあまり仕事もないので「アラフォー」の再放送を見ようと楽しみにしていたのに、昨日も今日も仕事になってしまいました。がっかり。

明日こそ「アラフォー」を見ようと楽しみにしています。

最近、ちょっとまじめになってみようと、日記もまじめなことを書こうと心がけたのですが、なんだか、普段の不真面目な私の行動とギャップtがありすぎて落ち着かない。

恥ずかしいから、削除しようかな。

う~ん、もう少し考えよう。

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おい、こら

昨日、実家にいたら、妹の友だちの良い子の良子ちゃんが「佐代子~。あたしさ、お汁粉が食べたいって小母ちゃんに言ってくれる」とメールしてきたので「母さん良子ちゃんが、お汁粉食べたいって言ってるよ」と伝えた。

母は「あれ、そうかい。これからおいで」と答えた

だから「今から来ていいってよ」とメールした。

これは。お汁粉を食べながらの会話。佐代子=さ。良子=り。母はかね=か

か「良子ちゃん、あたしはね、父さんとおじいさんとおばあさんをひとりで介護したんだよ」

り「すごいね、大変だったでしょ、小母ちゃん」

か「大変だったけどね、あたしは元気だったからね、できたんだよ。あんたもお母さんのこと見てて大変だと思うけどさ、がんばりなよ」

さ「良子ちゃん。小母ちゃんは元気になったの」

り「元気になったけどさ、時々、意味不明なこと言ってるよ」

さ「入院したりすると一時的に混乱するんだよ」

り「そうなの?」

さ「うん。だから心配しなくていいよ」

か「佐代子はなんもしないけど、知識だけはあるからね。何でも聞いてみな」

なんて、自分だけ介護したみたいに自慢していた。嘘付け。おいこら。嘘つくんじゃない。とあたしは心の中で叫んだ。

良子ちゃんは、あたしを自宅まで送ってくれた。車の中で

り「小母ちゃん、頑張ったんだね」

さ「嘘ばっかり。自分の都合のいいところばっかり覚えてて」

り「違うの?」

さ「最後は母さんが見取ったんだよ。それは確かなんだけど、若いときは、あたしばっかりやってたんだよ」

り「どういうことよ」

さ「母さんてさ、血見ると気持ち悪くなるんだよ。だから、おばあさんが乳がんで入院した時も胆石の手術した時も、付き添ったのは、あたしなんだよ」

り「小母ちゃんと恵子はそっくりじゃん。恵子も自分中心だよね」と言った。

そういえばそうだ。母さんは脳天気だ。

恵子は母さんの娘だから、きっと立ち直ると信じよう。

ありがとね、良子ちゃん。また、母さんのお汁粉食べに来てね。

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だめだ

弱音はいています。

先日の雪の日、私は雪の中を歩いていました。私はケアマネなので1ヶ月に1度以上は利用者さん宅を訪問しなければなりません。

2月は、28日しかないので、27日までに訪問が終わらなければ、28日の土曜日も仕事をしなければならなくて、その日に申し込んだ、いけばなの地区別教授者研究会に参加できない。

私は、小原流いけばなの1級教授者という資格を誇りに思っています。

もしかしたら、ケアマネの資格よりも、大切に思っています。ケアマネは、いけばなを続けながら生活費を得るための手段です。

もちろんやるからには、全力投球しています。何しろ、尊い人の生活に関わる仕事ですから。いい加減な気持ちではできません。

でも、ケアマネは、私でなくてもできます。

いけばなを障害者である私が続けることは、障害者である私がケアマネを続けることより意味があると私は考えます。

なぜなら、いけばなには技術とセンスが必要で、知識があればどうにかなるかもしれないケアマネよりも、私にとっては重いからです。

手に麻痺のある私が、ハンディのない他の人たちと対等に研修を受け、技術を競う。それはとても幸せなことだと思いますが、本当は、そういうことが誰にでも、経験できる社会でなければならないのではないかと考えます。

研究会に参加はできましたが、集中力がなくて、ひどいお花を活けてしまいました。

文章を書くのも、きっと集中できていないと思います。でも書くことはやめません。続けていたら、誰かが見つけてくれるかもしれないと信じたいからです。

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