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2009年2月

浜木綿子さん

もう、ずいぶん昔のことだけれど、浜木綿子さんに、お手紙を書いたことがある。

今はもうない、東京宝塚劇場で、浜さんの「菊がさね」という舞台を観た。その日は、盲導犬を連れた方が多く来場していて、カーテンコールで浜さんが、手話で話された。

「あっ、目の見えない方や、耳の聞こえない方たちを招待された日なんだな」と感じた。

浜さんの手話は素晴らしかった。「すごい、かっこいい」と思ったら、いてもたってもいられずに、劇城に手紙を出してしまった。

そしたら、驚いたことに素晴らしく、綺麗な字で、お返事のはがきを下さった。

お忙しい舞台中に、1ファンの手紙に返事を書いてくださるなんて、びっくりして、手が震えてしまった。ちゃんと「佐代子さんへ」と書いてあったのですよ。

すごいでしょ。感動しちゃいました。

天海祐希さんの「ユウキ欲しい」を読んで、浜さんと香川照之さんの名前を見つけた時に、そのことを思い出した。

浜木綿子さんの、直筆のはがきを持っている、自分がとても誇らしく思っている。

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はじめまして

自己紹介をさせていただきます。

井口佐代子と申します。アビという名前は飼い猫がアビシニアンだからです。一部の友人からアビちゃんと呼ばれています。

妹や幼馴染や甥っ子は佐代ちゃんと呼びます。

何日か前に、水本さんの生きた証を書きたいといいながら、書けない自分がふがいないと感じていました。それは、水本さんを傷つけることを書いても、自分は本名を明かしていないので、自分が傷つくことはないという後ろめたさから来るものだと感じました。

だから、一からはじめようと思います。

私は、水本恵子さんの生き方を、勇気のある生き方だと尊敬していますが、心の奥底でうらやましかったり、ねたましかったりしているのです。

彼女は、県庁で働いていました。出会ったときに彼女は、障害者相談センターというところで仕事をしていましたが、他の職員からは「私たちは仕事に来ているのであって、あなたのトイレ介助に来ているのではない」と言われて、手伝ってもらえない日があると話していました。

「ふ~ん、障害者の相談に乗っている職場なのに皆冷たいんだね」と、私は憤慨しました。

私はいい子ぶりっ子なので。その時「あたしでよければ介助するから遠慮なく言ってね」なんて言ってしまいました。でも、すぐに後悔しました。なぜなら、彼女の職場と私の職場は大きな施設の端っこと端っこ。トイレ介助を手伝うと、私の休憩時間はほとんど無くなりました。

他の職員も、忙しいんだよね。きっと。私も毎日だったら、きっとそう言うだろうと感じました。だって水本さんは正職員で、首にならないけど、私は一年契約の嘱託職員。もし景気が悪くなって、仕事を失うとしたら私だ。などという不平不満が頭をよぎりました。

彼女が抱えている、不安や苦しみなど考える余裕はありませんでした。人間は浅はかで優しくない生き物だと感じて、むなしい毎日でした。

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BOSS

今日、天海祐希さんのドラマの情報を目にしました。

うっ、嬉しい。しかも刑事役。それもボス。嬉しいなぁ。

竹野内豊さんや、温水洋一さんとも共演するんだって。すごく嬉しい。

アラフォーから一年、待っていた甲斐がありました。

アラフォーも再放送しているし、雨の中を、毎日歩いていて、ちょっと疲れていたけれど、明日からは、ドラマを見るのを楽しみに、雨でも笑顔で利用者さんの訪問をしますよ。

すごいな、天海祐希効果。

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25日になっちゃった

毎日、書こうと頑張ったのに、宝塚のベルばらを見ていたら12時を過ぎちゃったの。

真矢みきさんが、オスカルとジェローデルを演じていたのよ。とってもすてきだった。平成のベルばらで一番オスカルらしかったのは真矢さんだと、以前から信じていたけど、やっぱりそう思う。

涼風真世さんは、可愛くて、歌も上手だったけれど、原作のイメージから行くと真矢さんだと私は思っている。

アンドレは選べない。だって今の私は、天海祐希さんファンなのさ。

だから、どうしても、天海さんにはひいきしてしまう。

昔、あれほど「アンドレ、若くて、オスカルに負けてるよ」とテレビを見ながら、ぼやいたのに、今は、あんなに綺麗で演技の上手な女優さんはいない。と想っている。

時の流れは、人の気持ちも変える。

だけど、宝塚は、やっぱり、素敵だ。3月に新しくなってからの東京宝塚劇場に初めて、足を踏み入れる。何十年ぶりだろう。

ワクワクしている。

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アンドレ見えていないのかぁ

今日、フレンドパークに宝塚歌劇団の雪組男役5人組AQUA5というユニットの方たちが出ていました。その中に、水夏希さんという方がいて「ベルサイユのばら」でオスカル、アンドレ、ジェローデル、アラン等演じていらっしゃる。

それで、今日の番組で関口宏さんが水さんに「ベルばらで好きなシーンは」と聞いたんです。そしたら水さんが「アンドレ見えていないのかぁ」と叫んだのです。それを見て妹が「なぜついてきた」と即叫んだ。

涼風真世オスカルは天海祐希アンドレにそう叫んでいたよ。と言っていた。私はそうだったかな?と疑問符がついてしまった。覚えていない。原作にはそう書いてある。それは確かだ。

見たい。この間買ったのにまだ見ていない。もったいなくて封を切れない。ジレンマ。

んで、妹に「最初は、その台詞はなかったんだよ。平成のベルばらの雪組の途中から入ったんだって」「ベルばらと私」という本の中で、一路真輝さんがオスカルを演じた時にフェルゼンを演じていた紫苑ゆうさんが「いっちゃん、お願いあそこで『アンドレ見えていないのかぁ』って言って」と懇願したからなんだって。

紫苑さん。お手柄ですよ。あの台詞は絶対必要ですよ。感謝です。

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生きた証

水本恵子さんの生きてきたことの意味を考えてみたけれど、本人でない私が、客観的に書くことなんて無理だし、思い上がりだという気持ちになった。

私は、彼女が、住みなれた家で、普通に暮らしていることが、周りの人に勇気を与えているのか、うらやましがられているのか疑問になることが多々ある。

彼女が、現在の生活を送るために、いろいろな人が協力してくれたけれど、友達だと思っていたのに「私はただのボランティアだったんだね」と言って、悲しい目をして離れて行った人たちを何人も見て来た。

私自身も、何度もそう思ったことがある。

そんな私が、ゆがんだ気持ちで、水本さんの人生を考えても、彼女の本心は見えてこない。きっと私には計り知れない、悲しみや苦しみがあることだろう。

水本さんが目指してきた普通の生活は、私の目からはとても恵まれているものに見える。もし、私が彼女と同じ立場になったとして、在宅で生活できるかと考えたら、経済的に考えただけでも無理だ、

年金の額を考えても、格段の差がある。

人間が生活していくということは、きれいごとだけでは、済まされない。ドロドロの感情が渦まいている。水本さんが目指す理想は尊い。ぜひ実現して欲しい。だから、何かできることがあれば、と考えたけれど、きっと、人の心に届く文章が書けるとは思えない。

もう少し、自分を客観的に見られるようにならなければ、人の人生の証など書けないだろうと思った。

天海祐希さんの演じられた高須久子さんを思い出しながら、考えた。久子さんのような心の広い人になりたいと感じている。

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オスカルと久子さん

昨日の続きになってしまうけれど、高須久子さんが被差別部落出身者を普通の人として遇していたと、調べて知りました。

身分制度が当たり前だった時代に、そんな考えを持った女性がいたなんて、素晴らしいことですね。

そんな人を天海祐希さんが、演じていたのも不思議な感じがします。

天海さんは宝塚時代にベルばらのアンドレを演じていますが、私はオスカルの自由と平等という考え方が好きです。オスカルの育った家は、使用人に対しても、人間として処遇してきた家なのだろうと考えています。

だから、父親のジャルジェ将軍もアンドレを、オスカルの遊び相手として引き取ってくれたのだと私は感じます。二人が愛し合うことは想定していなかったとしても、人間として認めていたと思います。

オスカルは貴族の娘。久子さんは武家の未亡人。フランスと日本という違いはあっても、その心に流れている精神は共通していると思います。

そんな人だから、吉田松陰は久子さんに惹かれたのでしょう。

年上なのかな、とは思ったけれど、12歳も上だったとは驚きました。

星空を見上げる、松蔭さんと久子さんが美しくてドキドキしました。

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被差別部落

高須久子さんを演じた、天海祐希さんがとても美しくて、吉田松陰に三味線を渡すシーンが切なかった。

私は、その時の高須久子さんが、この人は「他人を差別しない人だろう」と、無意識に感じた。演じている天海さんの瞳が真剣で、言葉が耳に響いた。

私は、周りの人に差別される気持ちを本当は知っている。なるべく知らないふりをして生きてきた。

そのことに気づいたら、ひとりで高齢者の家を訪問するなんて、怖くてできない。戦争があった時代、障害者は人間として認められなかった。その時代を生きてきた高齢者が現在の介護保険の利用者なのだ。

社会全体が、そういう風潮だった時代を生きてきた人たちの家を、ひとりで訪問するのだから、いつも闘いに挑むような気持ちで仕事をしている。

被差別部落の出身の方たちの苦しみを、少しだけ覘いたことがある。もう15年ほど前になるが「人権作文」というものを書いたことがある。

私は身近に起こっている障害者差別について書いたのだけれど、その時は優秀賞に選んでいただいて、賞金5万円とラジオで放送された時のテープと入賞者の作文集をいただいた。

その作文集の中に、被差別部落のことを書いたものが、何篇かあった。

「私の感じている差別なんて、本当にちっぽけなもので恥ずかしい」と考えさせられた。

私が高須久子さんの瞳に感じた悲しみは、そういうものだったのではないかと今は感じる。

忘れられない女性だが、演じたのが天海さんでなかったら、見ることもなかったし、知ることもなかった。演じてくださってありがとうございます。天海さん。

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見るたびに考えさせられる。

離婚弁護士をまた借りてしまった。

最初は、間宮貴子が、軽率で冷たいと感じたけれど、段々人間的になっていく貴子ちゃんが大好きになっていく。天海さんの演じる役は、皆、見るたびに考えさせられる。

私も間宮貴子のように生きて行きたい。闘わなければいけないときに闘える人間でいたい。

水本さんの静かな闘いを書いてみたい。

水本さんは、水本さんと呼ばれるのが好きらしい。名前は恵子なのでありふれているから水本さんと呼んでくれ。というので、知り合ってから、ずっとそう呼んでいる。

最初に、出会ったのは、平成3年の4月だった。

私は、その前の年に、当時は家庭奉仕員と呼ばれていたホームヘルパーの講座を受講して嘱託職員として、リハビリセンターに就職させてもらった。

障害のある私が、ヘルパーになりたいと、思った時に、高校時代の同級生が、県の社会福祉研修センターに助言してくれた。

「あの人は、障害はあるけれど、自分たちと一緒に勉強も運動もこなしてきた。研修にもついていけるから受講させてやってくれ」と言ってくれた。研修センターの担当職員が、リハセンターを紹介してくれた。

福祉の仕事をしたいと学生時代に考えたけれど、飛び込んでいく自信がなかった。

それでも、やっぱり『やる前から諦めちゃいけない」という気持ちがどこかにあって、最初に就いた医療事務の仕事を辞めた。9年半やって、自分が本当にやりたいのは、やっぱり福祉の仕事だと感じた。

そして、飛び込んだ福祉の世界で、水本さんと出会った。

電動車いすで、働いていた彼女を見て「すごい、勇気あるなぁ」よ思ったら、声をかけていた。

1ヶ月後に名古屋に行くなんて、考えもせずに。

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生きること。生かされていること。

今日、友人の水本さんが言いました。

「ねぇ、この間の学習会でのあなたの話、面白かったよ。書いてみたら」と。

「ああ、あれ、昔書いたよ。リハビリセンターにいた頃」と私。

「あっ、もしかして、大江健三郎さんに褒められたやつ」と水本さん。傍で聞いていたホームヘルパーさんが「なんですか?それは」と聞いた。水本さんが「昔ね、心の輪を広げる体験作文ていう作文の募集があってね、この人、千葉県の最優秀賞に選ばれて、授賞式の記念講演に来てくれた大江健三郎さんに、「この人は、自分の障害を受容した上で、自分の考えを持っている人ですね」って言われたんだよね」と、ヘルパーさんに説明してくれた。

もう18年も前のことで、まだ大江健三郎さんは、ノーベル賞を受賞する前のことだ。

「それで、大江さんにサインもらったンですか」とヘルパーさんに聞かれたので「ううん、あたし大江健三郎の小説は難しくて読んでも最後まで読んだことなかったから、記念講演を聴いてすぐ仕事場に帰ったよ。その日は、賞状を持って、センター長と理事長に挨拶に行かされたんだよ。課長に連れられて、センター長なんかさ、あなたはセンターの誇りです。なんて言ってくれた。懐かしいなぁ」

その頃は、まだ水本さんも電動車いすで、障害者相談センターへ通勤していた。

そういえば、その頃、水本さんと名古屋に旅行した。私はまだヘルパー講座を受講しただけで、実際にはほとんど身体介護をしたことがなかったにも関わらず、勢いで行ってしまった。後で考えたら、かなり無謀な旅だったけれど、障害者施設で働き始めたばかりの私には良い勉強になった。

「ありがとう、水本さん」あなたが、人工呼吸器に助けられながら、いろいろな人たちの手を借りて、在宅で、生活していることは、重い障害や難病を抱えている人たちの大きな希望になっていると思う。

あなたが一日一日を命がけで生きてきたことを、私は、社会の人たちに知って欲しいと切に願っている。

私は、今とても天海祐希さんに憧れているので、天海さんのことばかり書きたいと思っているけれど、水本さんの生きた証を書くことが私に課せられた使命かもしれない。

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甥と甥の彼女

が、ディズニーシーのバレンタインナイトに行って、シーから私と妹宛に絵葉書を送ってくれた。

「可愛いなぁ」専門学校に通っていた2年間、一緒に暮らしたこの甥っ子にどれほど勇気付けられたことだろう。

私には、甥っ子が2人いて、この子たちが小学校を卒業する頃まで、小湊線沿線の実家で一緒に暮らした。私は二人を連れて、よく電車で出かけた。二人は脳性まひの障害者の私が連れて歩いても、周りを気にせず、一緒に歩いてくれた。

「子どもって可愛いなぁ」と心底思った。「あたしはあんたたちのわがままなら、何でも聞いてあげるよ」と本当に思っていた。

上の甥が「学校が遠いから、俺、さよちゃん家から専門学校に行く」と言って、高校を卒業してすぐに我が家に引っ越してきた。

突然、働く母親になった気分だった。朝起こして、ご飯を食べさせて、学校に送り出して、自分も仕事に出かけた。妹は職場が近かったので、火の始末やゴミ出しは妹の担当だった。

この頃、猫の伽羅も家族に加わった。

伽羅は甥っ子の子分だった。私と妹には爪を立てても甥っ子には服従だった。

私が仕事帰りに買い物をして、急いで帰って来ると、妹と甥っ子は、猫と幸せそうに戯れていた。

「あんたたち、ご飯炊いたの」と聞くと「ま~だ~」と屈託なく答えてくれたっけ。

お米を研いで、夕飯の準備をして、猫のご飯(茹でたささみ)を食べさせて、三人でご飯を食べながら、テレビを見たり、大変だったけれど幸せな毎日だった。

「ラストプレゼント」を見て、天海祐希さんふんする平木明日香さんが「楽しい毎日だった」と永作博美さんふんする百瀬有里さんに「あなたのおかげ」と言っていた。けれど、わたしも、私たち姉妹に甥っ子を託してくれた、弟夫婦のおかげで、楽しい毎日を過ごさせてもらった。

その甥っ子が彼女を紹介してくれて、一緒にディズニーリゾートに行こうと誘ってくれる。

なんと幸せな伯母と叔母なのだろう。

子どものいない私が子どもを育てる幸せを感じることができて、両親や祖父母には、障害を持つ私が、人の役に立つ仕事に就くことができて、少しは安心してもらえたのではないかと、自分では感じている。

人生に感謝したいです。

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京野菜

我が家(実家)で栽培している大根は、聖護院大根という種類の京野菜です。我が家は、小湊線沿線の田園地帯です。

近くには、桜の名所の鶴舞公園とか、有ったり、南総里見八犬伝の縁の地とかあって、古の香りのする地域です。

川のほとりを歩いていると、なだらかな山に囲まれていたりして、けっこう京都に似ています。千葉県で夏に一番暑いのは牛久という地域で、我が家のある地域の隣町です。

「そうか、だから京野菜栽培されているのかなぁ」なんて考えている。

京都行きたいなぁ。そういえば、源氏物語が発表されて千年なんだよね、天海祐希さんの「千年の恋、ひかる源氏物語」TVでやらないかな。なんて思いながら、河川敷を散歩している。

先週の土曜日は幼馴染が、普通の大根を持って、犬の散歩に来た。帰りに聖護院大根をもらうつもりで、母に「おばちゃん、お土産」と言って、小湊鉄道限定のドロップを手渡し、私には「あんたさぁ、これおばちゃんにあげちゃうから、来週実家に帰ってくる時に、五井駅であたしの分買ってきて」なんて言うんだよ。なんてやつだ。しかもこの話には続きがある。

夕方、妹の友だちが自宅まで送ってくれると言って迎えに来てくれた。と、その時、あたしの携帯が鳴った。ドロップの主だった。

「あんたさぁどこにいるの。まだ実家にいたら、うちの実家に寄って大根持ってきてくれないかなぁ。忘れてきちゃった」と来たもんだ。「どこにおいとくのよ」「あんたんちに置いといてよ。明日取りに行くから」と電話が切れた。

「取りに行って、自宅に運んだら重かった」

翌日、私はいけばなの研究会なのに、大根を持って駅まで運んだ「重いぞ」と思いながら取りに来た友人に渡した。

やっと軽くなったと思ったら「御礼」と言われてネクターが来た4本。重い。

「いらない」と言いたかったが、言えなかった。どうしよう。このネクター?。私はこれからお花を活けなくちゃいけないのに。

まあ、いいや。聖護院大根がドロップとネクターに変わった。

「あたしは、わらしべ長者か?」とひとりで突っ込みを入れてみた。

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何かを続けるということ

今日は、いけばなの研究会でした。

私はいけばなを習い始めて30年近くになります。最初は、どこまで、健常者のお弟子さんたちについていけるのか?意地でした。

早く、進級しなくてもいいから、どこまで行けるかとにかく続けてみようと思いました。

途中、何度も辞めてしまおうかと思いましたが、一緒にお稽古をしている友人たちが「今月の研究会一緒に活けようね」と声をかけてくれたり、会場で待っていてくれたり、と自信はないのに「辞める」と言い出せずに、続けてきました。

続けているうちに、研究会の時間制限の中で活け終わるようになりました。採点されるのですが、最近は、周りの人たちと同等くらいの技術は身に就いたと感じています。

資格も、1級まで取得することができました。先生から「もう上のクラスはないからね。あとはお弟子さんを取って、専門教授者になって欲しいなぁ」と言っていただけて、照れくさいけれどちょっと嬉しいです。

私は、普通に生きて行きたい。たとえ障害を持っていようと、普通に仕事に就いて、普通に趣味を持って「それがオスカルに出会ってからの目標」でした。

私はかなり、目標に近い生活を送って来たと、考えています。

「何かを諦めるときに、自分の障害のせいにするのはズルイ」と私は感じています。

何かを諦めざるを得ないのは、それがその人の人生に本当に必要なものではないのかもしれない。と、今は考えています。

希望がかなえられないのは「願う力が足りないから」だと思います。

以前、読んだ、真矢みきさんの本に、そう書いてありました。真矢さんもとっても素敵な女優さんになられました。

天海祐希さんと真矢みきさん。対照的な宝塚での経歴の持ち主ですが、お二人ともユーモアのセンス抜群で、素敵です。

これからも私に勇気をくださいね。

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農家の嫁

松尾スズキさんとの対談にも「ユウキ欲しい」にも、農家の嫁になりたかった。と書いてありました。

天海祐希さんが、農家の嫁になったら、どうなっちゃうの。

「納涼祭とかで、一日だけスターになるんです」って話されていましたけど、無理ですよ。

天海さんみたいなお嫁さんが来たら、家の母なんか、毎日神棚に上げて拝んじゃいますよ。

「手が汚れるから、何にもしなくていいよ。とか、日に焼けると顔にシミができるよ」とか言いそうだし、漬物なんか漬けてもらったら、涙流して喜んじゃいますよ。

そういえば「サウスバウンド」で、沖縄で農業しているシーンがありましたよね。あのシーンを見たときに「ああ、いつも母さんがしているカッコウを天海祐希さんがしている。信じられない」と思いながら、嬉しく見させていただきました。

私は農家の娘で、お祭りも大好きです。

天海さんの農家の嫁姿見てみたいです。どんなカッコウをしても、きっと輝いていることでしょう。

なんだか、農家の娘に生まれたことが誇りに思えてきました。

今日は、朝、実家に帰って、母からジャガイモの植え方を教わります。だから、夜中にこの日記を書いています。

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買っちゃいました

月組「ベルばら」いつ来るのかしら。楽しみ。

天海祐希さん見たさに「ミー・アンド・マイガール」のボックスも買っちゃいました、「愛と青春の宝塚」も。

もう、見たい作品が沢山ありすぎて、どうしましょう。

でも、今は幸せですよ。ずいぶん前の作品でも映像が残っていて見ることができるので、本当に良かったです。

天海さんのアンドレ見られる。と思うとドキドキです。天海さんのビルは初めて見るので、ワクワクです。

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月組が見つからない

昨日、妹が、NHKBS2で昔放送された「ベルサイユのばら」のビデオをDVDにダビングしてくれたので、久しぶりに観たのだけれど妹が「昭和は全部あったんだけど、平成の月組がなかった」と言うんです。

「うそ、どうして。ちゃんと録画したよね。何でないの」

どうしてないの。天海祐希アンドレが見たいのに。見つかるまで探さなくては。

見つからないと気になって仕方がないので、DVD が出ていないものかと探してみたら「月組ベルばら」販売されてました。

他にも「ミー・アンド・マイガール」とか見てみたい宝塚時代の作品が目白押しで「ほ、欲しい。欲しいよぉ~」

買おうかな。買いたいな。だけど一度に買うにはけっこうな金額。どうしよう。

「演歌の女王」も欲しくてたまらない。

こんな気持ちは昭和のベルばら」を見て以来のことです。

安奈淳さんのオスカルに憧れて、女優さんになられた安奈さんが見たくて、劇場に通いました。まだ若かったので何年かは追いかける体力がありましたが、そのうちに仕事が忙しくなり、疲れてしまい、宝塚からも他の舞台からも遠ざかってしまいました。

昨年のお正月にCSで「月組ベルばら」に運命的に出会わなければ、これほど天海祐希さんにのめりこむことはなかったでしょう。

私、本当に天海さんの演じる主人公たちに助けられています。目の前の困難から逃げ出したくなった時に、明日香さんや、間宮貴子や、聡子さんの声が聞こえます。

今はひまわりさんの「女の分かれ道」の歌が響いています。

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う~ん

私になにができるのかな。

私は、人に頼りにされると無視できなくて「行ってはいけない道に行ってしまう」女の分かれ道で迷っている大河内ひまわりのような人間のようだ。

昨日、妹に「あたしより、お姉ちゃんの方が性格ひまわりだと思うよ」と言われてしまった。

「アビちゃん、あなただけが頼りなのって言葉に何回ただ働きをしたの。仕事も辞めたよね。それで、状況がよくなると知らん振り。されて何度失業したの」と妹に問い詰められた。

「だって、困っている人を放っておけないもの。困っている人を助ける力があたしにあるならやってあげなくちゃ」って何度思ったことだろう。

「思うだけじゃなくて、飛び込んじゃうよね。止めても聞かずにただ手伝おうとしちゃうでしょ。今日だって休みなのに、ボランティアに行ったでしょ。どうしたの。ケアマネだけでも精神的につらいでしょ。あたしや母さんも抱えてどうするの」

「それでも、できることはやらなくちゃ。やってみて後悔したらその時に泣けばいいかな」といつも考える。

「これが私、逃げてしまったら私じゃない。後悔しても泣いても、やるのが私よ」

そう考えられるようになるまで10年。よく精神的にもったものだと思う。これは私が障害者という特殊な状況で生きてきたからなのだろうか。

私は普通に生きて行きたい。差別のない社会にするために働きたい。それが高校生の時に「ベルサイユのばらに出会い、オスカルに憧れた時からの私の夢。

アラフォーを見て聡子さんの言葉を聴いて再認識してしまった。

「今やらなければ後悔することはやらなければ」それがわたし。

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くちびる

昨日、ヴォイスを見ていたら、妹が「石原さとみちゃんの唇ってさ、天海祐希さんに似てるよね」って言い出した。

「えっ、ああそういえば、似てるね。でもさ、山口百惠ちゃんにもにてない?」って言ったら、妹が「天海さんて、百恵ちゃんと唇の形似てるよ」と言う。

そうかな?と思って考えていたら、突然、ダカラのCMが流れた。思わず、唇を見てしまった。

天海さんの、笑顔がチャーミングだった。3人ともセクシーな唇をしている。

さとみちゃんも、良い作品に恵まれたようでよかった。

何度も、言うけれど「演歌の女王」はいい作品だ。昨日から私の頭の中で「女の分かれ道」が響いている。

ひまわりさん、紅白に出て欲しいなぁ。

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なぜ?

「演歌の女王」が、低視聴率だったのか、分からない。前回レンタルした時には「ラストプレゼント」と一緒に予約したので、バラバラに届いてしまったので、ゆっくり見なかったような気がする。

今回は、ゆっくり見ることにした。

何度も見たいと思ってしまった。

女の分かれ道も不自然だと思わなくなってしまったし、ひまわりさんが不死身でよかったと感謝している。

天海祐希さんは、不思議な女優さんだなぁ~。とホンワカと感じてしまう。

大げさな演技も可愛いなぁ。と納得してしまう。きっと一生懸命さが伝わって来るからだろう。

地味な衣装で地味なメイクでも、やっぱり美しい。歌も上手だ。着物も似合っているし、何よりも優しい。自分の幸せよりも人の幸せを願うひまわりさんが愛おしい。

今日は、嬉しいことがあった。花の輪に学習会の講師を頼まれて、障害者が普通に働くことについて話してきた。

聞いてくれた方たちが「あなたの話は楽しいわ。障害者の人の話を聞いて笑ったのは初めてよ。あなたって、苦労も笑い話にできちゃうんだね。すごい。今日は来てくれてありがとう」って言ってくれた。

なんだか、ひまわりさんに近づけた気がした。

私も、周りの人に幸せになって欲しい。

血のつながらない孫の私たち兄妹を、本当の孫よりもいつくしんで育ててくれた祖母からそう教わって育ったから「おばあちゃんのようになりたいと思う」

私の祖母も亡くなる前の数ヶ月は、認知症だったけれど、私のことは最後まで覚えていてくれた。最後まで小さな子どもにお小遣いをくれるようにお小遣いをくれた。

池内さんの姿を見ると祖母を思い出す。祖母は着物の似合う、優しい人だった。

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面目ない

疲れていたので「愛と青春の宝塚」見ながら寝てしまいました。

リュータンさんの役が、紫吹淳さんだったのですが、なんだか、テレビで見た藤原紀香さんとダブって見えて、可愛らしさもわざとらしく見えちゃって、集中できませんでした。

歌もダンスもお上手だったのですが、物語に入り込めず、泣けませんでした。静岡まで行ったのに、ちょっとがっかりです。

紫吹さんを何度かテレビドラマで見ましたが、あんまり演技は上手ではないように感じます。テレビよりは舞台の方が、向いていらっしゃると思います。

今日はこれで終わりにします。

ひまわりさんの続きを見ます。

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よし

日付が変わった。

今日の分を書こう。

今日は「愛と青春の宝塚」を見に静岡に行く。夜の部なので、今日中に帰って来れるか分からないので、書いておこう。

「演歌の女王」にはまっている。天海祐希さんの演技に感動している。

どんな、役柄も一生懸命、丁寧に演じてくださっているのに「演歌の女王」がなぜ低視聴率だったのか、理解できない。ひまわりさんの可愛らしさ、一途さがなぜ分かってもらえなかったのか、分からない。

池内淳子さんの、認知症の演技が綺麗過ぎるかな。どれほどしっかりして立派な方でも、認知症の進行には勝てないと私は感じている。

アルツハイマー病の進行は速い「悲しいほど速い」

私の尊敬する、お医者様が認知症の症状が現れて、診療所を閉鎖するまで、3ヶ月ほどだった。

尊敬する先生の、そんな姿は見たくなかった。ケアマネでなければ、認知症に気がつかずに済んだのに、と自分の職業が、知識が恨めしかった。

だから、私の目には、ヒトシのお母さんの行動が不自然に見える。池内さんの演技がリアルなら、リアルなほど、認知症の方が壊れていく過程を日々見ているものには、綺麗過ぎてつらかった。

それを言ったら、ひまわりさんの不死身さも不自然だと言われそうだけれど、ひまわりさんはいいんじゃないですか。

だって「演歌」だし「女王」なんだから。

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とりあえず書け

と、うちのひまわりが申します。

うちの妹を見ていて、本当にひまわりさんのように、人を信用してしまうのです。

姉の私が、あの子はおかしい?何かたくらんでるよ。と10数年前に言ったことがあります。さりげなく、家に上がりこんで、1ヶ月も、居座っていましたが、妹は「いい人なんだよ」と言って疑いませんでした。

だけど、その人は、妹の人がいいのにつけ込んで、妹の保険証で、消費者金融から借金をしました。

何度、だまされても、人を信じようとする姿勢は私も見習いたいと思うのですが、妹はひまわりさんのように不死身ではないし、芯も強くありません。

だから、心がボロボロで、見ていて可愛そうです。

自分でも、大河内ひまわりはあたしみたいだ。と言いながら「演歌の女王」を何度も見ていました。

天海祐希さん、どうか妹に勇気を分けてあげてください。

あなたのおかげで、少しだけ、妹が元気になった気がします。

妹が本当に元気になる日を待って待っていようと思います。

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演歌の女王

をね、また借りたんですよ。

私、ひまわりさん大好きになっていたようで、1回目から泣いてしまいました。

ひまわりが、あんまりにもいい人で、だまされてるって分かっていても信じてしまうところが、切なくて、泣けてしまう。

何度だまされても、人を信じてしまうところが、うちの妹に重なって、つらい。

ひまわりさんは優しくて、芯も強いけれど、妹は人を疑うことが苦手だけれど、傷ついて立ち直る力が弱い。

今回、ヒトシのお母さんが認知症だと、初めて見たときから分かりました。なぜ、前回見たときには気がつかなかったのかな。ケアマネなのに、反省してしまいました。

天海祐希さんが出ている作品が、こんなハチャメチャでいいのか?という疑問が私の中にあったからでしょうか。

運命の分かれ道と、ひまわりがカッコよく啖呵を切る妄想のシーンが必要なかったんじゃないのかな?と私は感じてしまう。

その分、池内淳子さんの演じるお母さんと、ひまわりさんの心の交流をもう一歩踏み込んで書いて欲しかった。

あと、私の希望は、ひまわりさんが電車の中で歌う電車が、銚子電鉄じゃなくて、小湊鉄道だったら、嬉しかったのになぁ。

演歌歌手とローカル線は、よく似合う。もうずっと昔、浅田美代子さんが、売れない演歌歌手の役で、小湊線の牛久駅で歌っているシーンがありました。

本当ですよ。

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演技でいいから友達でいて

という、松尾スズキさんの文庫本を購入した。

松尾さんと天海祐希さんの対談が載っていたので、探してみました。ありました。ありました。嬉しい。

天海さんが、宝塚にいらした頃のこと。退団されて、映像の世界に飛び込んで、戸惑われた体験など。

松尾さんが、芸名について、天海祐希でよかったですね。あんまり浮世離れした芸名だと退団後に、なじみにくいですよね。という意見に本当だなぁと、納得してしまいました。

天海さんが、御飯を食べるシーンで「普通、女優さんは、ご飯を2,3粒くらいしか口に入れないのに、豪快に食べるね」と言われた。と話されていました。

アラウンド40でも、せっかくのおいしいお料理を「おいしく食べなくちゃ」と豪快に食べていました。本当においしそうでした。

松尾さんが「天海さんは美しい人です」と言っていました。三谷さんは綺麗でチャーミングだと言っていました(野球の新庄選手や京本政樹さんにも)似てるって言っていたけど。

ちょっと複雑。

天海さんは本当に綺麗です。松尾さんが、メイクなしでも綺麗だと言っていました。素敵ですね。

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はなまるカフェ

きょうのお客様は、真琴つばささんだった。

たまたま、チャンネルを変えたら真琴さんが出ていらして、着替えていたんだけど、しばし休止。画面に見入ってしまいました。

真琴さんは豹が好きだそうで、豹グッズを沢山身に着けていらした。

私は、今日いけばなのお稽古で一緒になる友だちを思い出した。彼女もいつも豹柄のものを身に着けている。今日は絶対、この話をしよう。と意気込んでお稽古に出かけた。

お稽古場に入った途端に、他のお弟子さんに「あなた見た。今のダカラのCM面白いわね」と言われ、もうひとりからは「天海祐希さんんの台詞が絶妙だよね」と続けられ、最後に先生から「私たちは余分3兄弟じゃなくて、悪玉(コレストロール)3姉妹だけどさ」と締められてしまった。

「皆、すごい。あたしより先に宝塚ネタですか。恐れ入りました」

だけど、私だって仕入れてきましたよ。真琴つばささんネタ。と言ったら、ダカラのCMを見て私に教えようと待ち構えていた友人が「なんだ、そっちか。あたくしも見ましたわよ。どっちの話題かと思って待ってたところなのよ」

「私って、そんなに宝塚好きに見えますか?」と聞いたら、皆いっせいに「研究会よりも、お稽古よりも、宝塚歌劇を観たいんでしょ」と言うので「もちろんよ」と答えました。

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やっぱり

天海祐希さんて、宝塚時代に、山口百惠さんに似てるって言われてたんですか。すごい。

実は、お正月に、CS で百恵ちゃん映画の特集をやっていたので見ていたのですが、雰囲気が、若い頃の天海さんによく似ているなぁ。なんて思いながら見ていました。

涼しげな目元は、今も似ていると思います。

私は、百恵ちゃんより少し年上ですが、百恵ちゃんの潔さに憧れます。女優としての百恵ちゃんも歌手としての百恵ちゃんも。21歳という若さで、芸能界を引退して、ファンの前から消えても、百恵ちゃんが活躍していた頃を思い出すと、幸せな時代に戻れる。

若くて、まだ人生は長いと感じていた。懐かしい。

時が流れた今になって、天海祐希さんに出会って、またドラマや、映画に興味が持てるようになって、何かを書いてみようと思えるようになった。

見ていると幸せになれる人って素晴らしい、

昨日は積水ハウスのCMを見て、今日はダカラのCMを見ました。

ドラマのヴォイスを見ていたら、ダカラのCMが流れました。今夜は幸せな気分で寝むれます。

明日の夜は、トライアングルがあります。楽しみです。佐々木蔵之介さんが出てくるのを楽しみにしているのですが、明日は会えるのでしょうか?

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風景画

私の故郷は、風景画のように美しいと思っている。

小学生の頃、図画工作の授業でよく写生をした。父が脳梗塞で右片麻痺になったとき、父と散歩をしながら「父さん、ここは綺麗だね」と話しながらゆっくり歩いた。

時々、テレビドラマのロケにも使われている。

知る人ぞ知る「小湊鉄道」の沿線の田園地帯が私の故郷である。

「ラストプレゼント」を見たときに、ロケ地は全然違うのに、とても懐かしかった。明日香さんの実家も懐かしかった。

私の育った家も、田んぼに囲まれていた。家の中には土間があった。

何度見ても懐かしい。

今日は友人も実家に帰ってきていて、実家で飼っているトイプードルを連れて、我が家の「さやえんどう」の成長具合を偵察に来た。

最近、友人と私の母は畑友だちである。二人とも相手の畑が気になるらしい。

「さよちゃんちのほうが大きい」という友人に「あれそうかい」と母は満足気だった。

私は、友人の家の畑を見に行くことになった。犬が一緒なので、父との散歩コースを歩いて、友人の家に行くことにした。家の近くに養老川が流れている。川に沿って農道が続いている。途中に父と小休止をしていた公園がある。

その公園を通った時に「あたしね、ここから眺める風景が、好きなんだよ。ちょっとヨーロッパの風景画っぽいでしょ」と友人に話したら「そう言われれば、見えないこともない。ゆっくり景色なんか見たことなかった」と言っていた。

私も父とともに、リハビリのためにと散歩をしなければ気づかなかった。

人間にはゆっくりと歩かなければいけない時期があるのだと思う。

友人が「次に実家に行く時は、ジャガイモを植えるんだよ。いつにする」と言う。

「母さんに聞いとくよ」

「また、犬の散歩がてら、畑見に行くって、おばさんに言っといてね」

うちの畑には、農作物のほかに花も咲いている。今日は水仙と菜の花が咲いていた。仏壇にも水仙と菜の花が飾ってあった。

母さんの畑は、野菜畑と花畑。どちらがかけても、母さんじゃない。

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